私の写真を見て、私への讃歌を紡ぐというかたちの【留美子讃歌】は、前回の No.90 で、一応の区切りをつけましたが、番外編として、こんな物語が送られてきました。物語ですからフィクションなのですが、最後のところに「誰にも打ち明けられない、恋心を書いてみました。僕の真実の思いなのか、単なる作り話なのか」とあるように、そのあたりは曖昧なところにしている、というところが、また面白いところだと思います。いろんな方が書かれている小説は、それじたいはフィクションということなのですが、完璧に「つくりごと」というわけでもなく、小説の一部には、実際にあったことをなぞっていることも少なくなりません。フィクションとノンフィクションの境界線をさまよう文章というのも、ひとつの文章のありかたなのかもしれません。(青字の部分は、宮崎留美子による筆)
----- 以下、ご本人から送られてきた文章です ------
郡山城跡

留美ちゃんへ
 こんにちは。ケイです。
 帰宅して、真っ先にアクセスするのは、留美ちゃんのブログ。留美ちゃんの美しい姿を、しばし拝見して、一日のクールダウンをします。貴女の素敵なお写真に、いつも癒されるひとときを持っています。ストレスを癒す。人それぞれですが、僕は、留美ちゃんの美オーラに癒されています。
 僕もどうやら年貢の納め時なのかも。それとは別の、美しい貴女への思慕を、なかなか断ち切れません。今、僕は、やっぱり留美ちゃんのことを大好きなんだと実感しています。マジ、ほんとです。でも、これじゃいけないだろう、どうすればいいのかな? って自問自答しています。
 留美ちゃんは、人を好きになって苦しんだ経験ってないでしょうね(※1)。いつも皆の注目の的だから。だから、僕の葛藤、もやもやした気持ちって、たぶんきっと分からないだろうな・・・
深川02b/富岡八幡宮
 「ファンが語る留美子讃歌」を終了したのに、またぞろ新しい原稿を下書きしている自分がいます。あっダメだ。って思い、下書き画面を削除します。でも、その上から、「留美子 僕の命」・・・って、指でなぞって、ディスプレイに書いてしまいます。
 留美ちゃんは、失恋をした経験がないって仰っていらっしゃったので(※2)、人を恋る、せつない気持ちって、もしかしてあまり分からないのかも知れませんね。一人前の大人が子供みたいになる・・・マジ、恋って、人を迷い人にしてしまいます。
 大袈裟に言えば、よく聞くセリフ。《貴女の為なら死んでもいい》っていう激情です。留美ちゃん、一度、悩める恋の美酒に酔いしれてみて下さい。楽しいやら、苦しいやら・・・ 苦しいのに、甘味があり、切なくて、愛おしい。恋は、叶わぬ恋は、時に人をして詩人にしちゃいます。
那須八幡のつつじ4
 今日は、僕の大好きなラブソングを聞いて下さい。ジョン.レノンの “ラブ” のさわりを捧げます。[意訳:ケイ]
Love is touch、touch is love (愛はふれあい ふれあう温(ヌク)もりこそ愛)
Love is reaching、reaching love (愛は手をのばせば ほら届くんだ)
Love is asking to be loved (愛は、愛して欲しいと心から願うこと)
 大人になっても、恋は盲目です。but、人を恋うるって楽しいだけじゃないんだ。愛(イト)しいのに、愛(カナ)しいこともある。恋は二律背反。矛盾する二つの心。
Love is needing to be loved (愛は愛して欲しいと激しく求めること)
 こうして、パソコンに向かい、悩みながら、葛藤しながら、辛うじて書き上げた恋文。僕は、もう一度読み返す・・・ でも、もう打ち明けることもないだろう。
 意を決して、削除キーを押す・・・
 そして、僕はペンを置く。 Good Bye、Rumiko

PS:誰にも打ち明けられない、恋心を書いてみました。僕の真実の思いなのか、単なる作り話なのか・・・ The answer is blowing in the wind。
浮見堂
元興寺昭和記念公園49/2022プロムナード


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(※1)(※2)について宮崎留美子の方からの補足です。
 ニューハーフのアルバイトをしたことも関係してくるのでしょうが、多くの男の方から声をかけられ、誘われて、やさしくされて、そのことで、心地いい快感を得たのですが、それで精一杯の状態でした。こちらから恋するとか、そういう局面にいたる機会がなかったような気がします。
 私が恋するとかそういう状況ではなかったのです。というのは、ナンパみたいなことではなくて、私に恋してきた男性はいましたが、その男性は、私のことを女性だと思っていたようなのです。あるときプロポーズされましたから。それで、そのプロポーズに対して、どう対処していったらいいのかと本当に悩んで苦悶したことはありました。「本当は男なんです」というのは嫌だったし、かといって、女性を貫いても近いうちにはバレるわけで、私の場合、なんで自分が女性ではなかったのかという性の悩みで精一杯でした。恋をするという段階以前で、自分が女性ではなかったことへの苦悩が、私の場合の悩みであり葛藤だったと思います。
 自分でいうのも変ですが、確かにモテました。男性から声がかかることもしばしばでした。でも、私に声をかけてくれる男性は、私を「一風、変わった、ニセの女性」としての興味でもあって、それが本当の恋にすすんでいくなんてことは想像できませんでした。一方で、私を本当の女性として声をかけてきてくれる男性もけっこういました。そりゃ、私が女性だと思われているわけですから、とってもうれしいことなのです。でも、このケースは、これはこれでけっこうしんどいことでした。その方とデートするような場合には、私が男だということをバレないようにすることに、とても気を遣うのです。声も女性の声を出さなければならないわけですし、結局は、その方と楽しくすごすまでにはならず、この場合も、恋にすすむということはありえませんでした。
 男性からモテて、いろいろと誘われるからといって、それが、私の心を豊かにしてくれることにはなっていないと、今となっては思えます。当時は、男性がやさしくしてくれるというだけで快感だったのですが、今から振り返ると、さびしい人生だったのかもしれません。
 ケイ君のように、悩みや葛藤を含めた「恋心」を味わう心のゆたかさが、私にはできなかったことは、私にとってはマイナスだったのかもしれません。・・・今となってはそう思っています。
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